178 研究系及び研究施設の現状
分子制御レーザー開発研究センター
佐 藤 信一郎(助教授)
A -1)専門領域:レーザー分光学、光化学
A -2)研究課題:
a) 巨大超高リュードベリ分子の緩和ダイナミクス b) ファンデルワールス錯体カチオン内の分子間相互作用
c) 位相・波形の制御された極短パルス光源の開発と化学反応制御への応用
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 気相・分子線中の分子をイオン化ポテンシャルより僅かに低エネルギー側(数 cm–1)にレーザー光励起すると,主 量子数(n)の非常に大きい(n > 100)超高リュードベリ状態を比較的安定に生成することが出来る。この状態 にある分子は非常に大きな電子軌道半径(サブµm)を持ち,巨大超高リュードベリ分子と呼ばれ,理論・実験の 両面から研究が進められている。通常,分子は電子の動きにくらべ核の動きが遅い,いわゆるボルンオッペンハ イマー近似が成り立っているが,巨大超高リュードベリ分子においては,電子の周回運動のほうが核の運動より 遅い逆ボルンオッペンハイマー近似が成り立つと予想され,通常とは全く異なる振動回転 - 電子相互作用が期待 される。これらの相互作用は分子サイズ(回転)や振動回転相互作用の大きさ等により変化すると考えれるが,簡 単な2原子分子と多原子分子(ベンゼン等)では,明らかに多原子分子において振動回転 - 電子相互作用による リュードベリ系列間遷移が顕著に起きることをみいだした。
b) 分子間力の研究手段として,超音速ジェット中に生成するクラスター分子を研究対象とすることはもはや定番と なりつつあるが,我々はZEKE光電子分光法の特長を生かして,中性−カチオン間の分子間力の変化に着目し て研究している。中性芳香族−希ガス vdW 錯体では主たる分子間力は分散力であり,イオン化すると電荷−電荷 誘起双極子(C C ID ) 相互作用が新たに加わる。Z E K E 光電子分光法により C C ID 相互作用のエネルギーや,分子間振 動,ジオメトリー変化,立体障害の影響等について新たな知見が得られている。
c) 光解離や光異性化等の光化学反応において,光励起された波束は,個々の反応座標のポテンシャル局面によって 決まる量子準位に即した運動をする。同一波長の極短パルス光による多光子励起では,この波束の運動を反応生 成物の基底状態へむけて最適に誘導することは出来ない。最適に誘導するためには,ポテンシャルの非調和性に 即した多波長の極短パルス列を,波束の時間発展に合致したタイミングで用意しなければならない。このための 位相・波形の制御されたレーザー光源の開発を進めている段階である。即ち,チタンサファイアレーザーの出力 をグレーティングペアとコンピューター制御された液晶空間マスクにより波形加工し再生増幅により多光子励起 に充分な出力を得た後,OPG・Aにより波長変換するシステムである。
B -1) 学術論文
H. INOUE, S. SATO and K. KIMURA, “Observation of van der Waals Vibrations in Zero Kinetic energy (ZEKE) Photoelectron Spectra of Toluene-Ar van der Waals Complex,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 125-130 (1998).
研究系及び研究施設の現状 179 H. SHINOHARA, S. SATO and K. KIMURA, “Zero Kinetic Energy (ZEKE) Photoelectron Study of the Benzen-N2 and Fluorobenzene-N2 van der Waals Complexes,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 131-136 (1998).
S. SATO, K. IKEDA and K. KIMURA, “ZEKE Photoelectron Spectroscopy and Ab Initio Force-Field Calculation of 1,2,4,5- Tetraflluorobenzene,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 137-142 (1998).
T. VONDRAK, S. SATO and K. KIMURA, “Cation Vibrational Spectra of Indole and Indole-Argon van der Waals Complex. A Zero Kinetic Energy Photoelectron Study,” J. Phys. Chem. A 101, 2384-2389 (1997).
S. SATO and K. KIMURA, “One- and Two-Pulsed Field Ionization Spectra of NO. High-Lying Rydberg States near Ionization Threshold,” J. Chem. Phys. 107, 3376-3381 (1997).
H. SHINOHARA, S. SATO and K. KIMURA, “Zero Kinetic Energy (ZEKE) Photoelectron Study of Fluorobenzene-Argon van der Waals Complexes,” J. Phys. Chem. A 101, 6736-6740 (1997).
C ) 研究活動の課題と展望
フェムト・ピコ秒レーザーシステムの導入立ち上げにともない,極短パルスの波形制御技術の開発と化学反応制 御の研究に研究室の力点をおいていきたい。また巨大超高リュードベリ分子についても,これまでナノ秒レーザー とパルス電場検出の組み合わせで研究してきたが,これからはフェムト・ピコ秒レーザーと光誘起リュードベリ イオン化検出の組み合わせで,より早い時間領域でのダイナミクスに迫っていきたい。